「プリンス・ザレスキーの事件簿」(M・P・シール)

 衝撃的な訳者あとがきで有名ですが、安楽椅子探偵第一号と目されているらしい。こういうバロック的作品というのは、古典主義からマニエリスムを経て生まれてくるものだと思っていたら、ホームズがライヘンバッハの瀧におちて2年後にはこの作品が登場している。それが個人的にはふしぎな感じであります。印象的な作品をあげてみます。
 「S・S」、暗号ものと紹介されているが、暗号自体はたいして面白いものではない。それよりこの分量で数千人もの被害者がでる事件のスケールに驚く。動機がまたとてつもないものだ。
 「推理の一問題」、雑誌掲載時にクイーンは“読者への挑戦”を挿入したそうだが、そんなフェアな謎ではない。けれども、わけのわからない展開が奇妙に魅力的。
 「モンク、『精神の偉大さ』を定義す」、ミステリでもなんでもない対話篇。プラトンの対話篇と同じように強引な展開なのに、そのプラトンの論理を非難しているのには苦笑。くさしているのはニューマンごときであるのが難ですな。
 あとがきを読まなくとも訳註をつくるのがたいへんだったのはよくわかる。インターネットがあればそこまでの苦行ではなかったろうにと思った私は、訳註で“不詳”となっているものを検索してみました。「ナーシェダバッド」、「ベネーシュ」、「ナンクレイダス」、「オールド・ムーア」、「サミュエル・フランシス・ウッド」。うーむ、どれも“不詳”だな。