「黒澤明VS.ハリウッド 『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて」(田草川弘)

 「史上最大の作戦」の二匹目のドジョウをねらってつくられた「トラ・トラ・トラ!」。その製作中に、黒澤明が監督を更迭された事件の真相にせまる。当時の関係者はみな口をつぐんでいたが、著者は米国であらたな資料を発見し、またプロデューサーのエルモ・ウィリアムズにもインタヴューしているてな次第。
 タイトルから想像するのは、黒澤がハリウッド巨大企業に翻弄され敗北するといったストーリーだがだいぶ違う。フォックス側のひとびとは理性的かつ寛容であり、ザナックのようなひと(といったら失礼か)さえ黒澤には叮嚀に応対している。問題なのはもっぱら黒澤の言動であって、可能なかぎり穏便にすまそうとするプロデューサーに同情してしまう。
 映画監督なんだから多少の奇行は当然と思うし、契約についてまるで関心をはらってないのもしかたない。が、それではすまされないことも多い。個人的には“格下”と見ていた米国側の監督リチャード・フライシャーを侮蔑していたのは許しがたい。ちなみに黒澤が格上とみていた監督が例にあがっており、ジンネマン、ロバート・ワイズ、ワイラー、ジョン・スタージェスとなっていた。「七人の侍」と「荒野の七人」の出来をくらべるなら、スタージェスなんかを上とみていたのは不思議である(私が観たスタージェス作品のなかで「荒野の七人」が一番だらしなかったですけども)。
 私は黒澤作品をたぶん半数くらいしか観てないし、しかも劇場で観たのは「七人の侍」だけというていたらくである。それでいうのもなんだが、黒澤明はいわれるほどの作家とは思えない。私が嫌いなのはおしつけがましいところで、淀川さんに言わせれば『ちょっと「これ、見なさい」いうところがある』となる。それを私は藝術家きどりしていると思っていたが、ちとちがった。黒澤は藝術家をきどっているのではなく、心の底から自分を藝術家だと思っていたのである。職人に徹することもできていたら、黒澤はもっと偉大な作家になったのではなかろうか。