「反音楽史」(石井宏)

 この本について何も知らなかったのだけれど、むかし読んだ木田元さんの「反哲学史」がおもしろかったので読んでみた。読み終えた印象としては、「反哲学史」は“反哲学=史”だったけれど、これは“反=音楽史”だった、というところ。
 まずは文句を。基本的に陰謀史観つうのは相手にしないことにしているので、それだけでアウト。とにかく陰謀史観に立脚している部分は、陰湿でルサンチマンにみちた文章でうんざり。ドイツ人が書いた音楽史がドイツ風にかたよるのは当然ではないか? むしろそれに匹敵するような音楽史を築けなかった非ドイツ人の音楽史家の問題ではなかろうか。制作当時の評価をあまりに重視しているのも疑問。それから、地名や人名の表記が愚劣。ミラーノやらナーポリやら、ヘンデルハンデルとかね(ジョージ・フレデリック・ヘンデルではスジがとおらないのは承知だけれど、みんなそう呼んでいるんだからしょうがないぢゃない)。
 という感じではあるものの、じつはこの本はとてもおもしろい。ベートーヴェン以前の音楽家列伝としてとても魅力的なのです。音楽史も音楽家の評伝も読んだことがなかったものだから、発見の連続でたのしい。とにかく読みはじめたら止まらず、一気に読んでしまった。D・スカルラッティチマローザを聴いてみたくもなりました。
 まあ、私の感じる反撥は、私がオペラをさほど好まず、また日ごろモーツァルトやバッハをよく聴くことにも由来しているのかもしれませんがね。あと、18世紀において、あまりにイタリア人音楽家が優遇されているので、ドイツ人を応援したくなったってのもあるかも。