「マンアライヴ」(G・K・チェスタトン)

 どうして21世紀にもなってチェスタトンの初訳本があらわれるのかわからない。それはカーやバークリーにしてもつい最近まで未訳の作品がごろごろしていたていたらくなのだから知れたものではあるものの、チェスタトンまでが、と思わずにはいられない。
 が、読んでみればなんとなくわからないでもない。それほど狂った小説である。ガブリエル・ゲイルや「新ナポレオン奇譚」の主人公(名前わすれた)よりもいかれた主人公が登場する。もちろん、この主人公もいたって正気なのだが、行動は気違いじみている。あまりに正気であるために狂人にみえる、などと言えばチェスタトン風かもしれないが、たんに異常なだけである。そして、そもそもこれはミステリなのだろうか。ある人間が見た事件が、べつの人間からするとまったく違って感じられるというあたりはおもしろいけど。そういえばわたくしはチェスタトンが好きなのに「木曜の男」は何がなんだかわからなかった。あれもこんな風な小説だったのかもしれぬ。再読してみようかしらん。
 それはさておき、夕暮れが美しい。小説における風景描写など、テキトーに読み流すほうだけれど、チェスタトンの夕暮れはすばらしい。結婚を決意した男女の、幸福っぷりがまたみごとだし、北極から南極をながめるといったイメージはまさしく幻想的である。